Kirishima Mine Jinja
所在地: 宮崎県小林市細野4937
御祭神: 瓊々杵命、木花咲耶姫命、彦火々出見命、豊玉姫命、鸕鷀草葺不合命、玉依姫命
ご利益: 厄除け、開運招福、家内安全
『延喜式』神名帳に記された日向国四座のひとつ「霧嶋岑神」にあたる式内社で、『続日本後紀』承和4年(837年)の条に官社に列した記録が残る古社です。御祭神は瓊々杵命・木花咲耶姫命・彦火々出見命・豊玉姫命・鸕鷀草葺不合命・玉依姫命の六柱。もとは高千穂峰と火常峰の間の脊門尾に鎮座していましたが、文暦元年(1234年)の大噴火で被災して遷座し、享保元年(1716年)の新燃岳噴火でも社殿を失うなど、霧島の火山活動とともに歩んできました。明治7年(1874年)、同じ霧島六社権現に数えられた夷守(ひなもり)神社を合祀し、その旧社地である現在地に移りました。境内には合祀された夷守神社も祀られ、二社の御朱印をいただけます。2月3日の節分祭や6月30日の夏越の大祓(茅の輪くぐり)など、季節の祭事も執り行われます。
霧島の山の祈りのものがたり その二
「火を噴く山に、祈りを」
霧が生まれやすく、雲の海に峰々が島のように浮かぶ霧島。古くから天孫降臨の聖地とされると同時に、噴火をくり返す厳しい自然の象徴として、日本でも指折りの山岳信仰の霊場でした。平安時代、僧・性空はこの山で4年を過ごして修行し、「霧島六所権現」と呼ばれる祈りの場を開いたと伝わります。六所権現は、霧島で修行する修験者たちの拠点となっていきました。
霧島岑神社は、その霧島六所権現の本宮とされる神社です。平安時代の初めに編まれた国の歴史書『続日本後紀』には、日向国諸県郡の「霧島岑神」が国の官社に加えられ、のちに従五位上の位を授けられたことが記されています。霧島連山のふもとで、1,100年をこえる歴史を重ねてきました。
明治時代の初め、六所権現のひとつ「夷守(ひなもり)神社」が霧島岑神社にあわせてまつられました。本殿の正面の柱「雲龍巻柱」は、もとは夷守神社のために造られたものです。1848年に社殿が焼けたのち、1862年に建て直されたときに造られたと考えられています。柱の下のほうから梁まで瑞雲で埋めつくし、口を開けた龍と閉じた龍を巻きつかせた旧島津藩ならではの造りで、色を塗らない白木のままの姿が、奥ゆかしく端正な印象を与えます。2020年に小林市の文化財に指定されました。
六所権現の神々の使いとされる白い蛇の伝えは、高原町の霞神社(その三)に残っています。
物語のつづき:白鳥神社(前の章:白い鳥となった皇子の幻) / 霞神社(次の章:権現さまの使いの白い蛇)
物語は、小林市の紹介(霧島岑神社「古の誘い」)、文化遺産オンライン(霧島岑神社雲龍巻柱)、高原町「歴史の散歩道」、観光庁の多言語解説文をもとに当アプリがまとめたものです。