宮崎神社めぐり
MIYAZAKI SHRINE TOUR

東霧島神社

Tsuma Kirishima Shrine

所在地: 宮崎県都城市高崎町東霧島1560

御祭神: 伊邪那岐命

ご利益: 家内安全、開運招福、厄除け

霧島六社権現のひとつに数えられる古社で、伊弉諾尊を主祭神とします。第5代孝昭天皇の御代の創建と伝わり、応和3年(963年)には性空上人により再興されました。参道には鬼が一夜で積み上げたと伝わる「鬼磐階段」があり、願いを唱えながら振り向かずに登り切ると願いが叶うといわれる「振り向かずの坂」として知られます。境内には、伊弉諾尊が十握の剣で切ったと伝わる「神石」や大クスもあり、見どころの多い神社です。開運・厄除け・縁結び・安産などのご利益で信仰されています。

妻を失った神の涙が、石になった

神々のはじまりのものがたり その一

「いとしい妻を、子ひとりに、代えたのか」

国生みを終えた伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)は、海や山、風や木の神々を次々に生みました。ところが火の神・火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)を生んだとき、伊邪那美命は大やけどを負い、亡くなってしまいます。伊邪那岐命は「いとしい妻を、子ひとりに代えてしまったのか」と嘆き、亡きがらのそばで泣き伏しました。その涙からも神が生まれたと『古事記』は伝えます。

東霧島神社には、このときの涙が固まって石になったという言い伝えがあります。境内の「神石(しんせき)」です。伊邪那岐命は腰の「十握(とつか)の剣」を抜き、二度とこのような災いに人々が遭わないようにと願いを込めて、石を三段に切ったといわれます。正面からは苔むした岩にしか見えませんが、横から見るとすぱりと切れた跡がわかります。十握の剣は、神社の神宝として社殿に納められています。

東霧島神社は、霧島山を囲むように建つ「霧島六所権現」のひとつで、第5代孝昭天皇の御世に創建されたと伝えられる古社です。山の噴火で社殿が焼けて荒れていたところを、平安時代の応和3年(963)、霧島で修行した性空上人が再興し、江戸時代には「東霧島大権現宮」と呼ばれました。主祭神は、いまも伊邪那岐命です。

妻をあきらめきれない伊邪那岐命は、連れ戻そうと、死者の住む黄泉の国へ向かいます——。

境内で出会える、物語の舞台

  • 鬼磐階段(振り向かずの坂):村の娘を嫁に欲しがった赤鬼に、霧島の神が「一晩で千個の石の階段を造れたら」と難題を出し、999個まで積んだところで神が東の空を明るくして鶏を鳴かせた、と伝わる約170段の石段です。願い事を一心に唱え、振り向かずに登りきると願いが叶うといわれます。苔むした岩は滑りやすく、上ほど急になります。身重の人や足に不安のある人は、階段下で参拝する「坂の下参り」を。
  • 大クスと竜王神水:樹齢1000年を超える大クスは安産祈願、竜王神水は開運・厄除けのご利益があるとされます。
  • 市の文化財:社殿脇の林に残る中世の宝塔や五輪塔などの古石塔群、嘉永2年(1849)に作り替えられた神輿、戦国時代の守護・島津忠昌の朱印状は、都城市の有形文化財です。

物語のつづき:江田神社(次の章:みそぎで生まれた日の神)

物語は『古事記』の伝承と、都城市の紹介(東霧島神社・文化財)、宮崎県観光協会の紹介をもとに当アプリがまとめたものです。

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