Eda Shrine
所在地: 宮崎県宮崎市阿波岐原町産母127
御祭神: 伊邪那岐命、伊邪那美命
ご利益: 家内安全、開運招福、厄除け
10世紀の「延喜式」にも記される古社で、伊邪那岐命・伊邪那美命の夫婦神を祀ります。社の北にある「みそぎ池」は、伊邪那岐命が黄泉の国から戻って禊祓をされた際に天照大御神・月読尊・素戔嗚尊の三貴子が生まれた場所と伝えられています。縁結びのご利益で知られる、宮崎屈指の神話スポットです。
神々のはじまりのものがたり その二
「ひどく穢れた国に、行っていたのだ、身を清めよう」
亡き妻・伊邪那美命(いざなみのみこと)をあきらめきれない伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は、連れ戻そうと死者の住む黄泉の国へ向かいました。「黄泉の国の神と相談するあいだ、決して私を見ないで」と言われたものの、待ちきれずに火をともしてのぞくと、そこには変わり果てた妻の姿が。恥をかかされた伊邪那美命は追っ手を差し向け、伊邪那岐命は必死に逃げて、この世との境の坂を大きな岩でふさいだと『古事記』は伝えます。
「ひどく穢れた国に行っていたのだ。身を清めよう」。伊邪那岐命は「竺紫(つくし)の日向の橘の小門(おど)の阿波岐原(あわきはら)」で、水に入ってみそぎをしました。脱ぎ捨てた衣や体を洗う水からも神々が次々に生まれ、最後に左の目を洗うと天照大御神(あまてらすおおみかみ)、右の目を洗うと月読命(つくよみのみこと)、鼻を洗うと建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)が生まれます。伊邪那岐命は「最後に三柱の貴い子を得た」と大いに喜んだと『古事記』は伝えます。阿波岐原は、江田神社が建ついまの町の名前です。
江田神社は、この二柱の神、伊邪那岐命と伊邪那美命をまつる古社で、10世紀初めにまとめられた『延喜式』にもその名が見えます。古代には、都と地方を結ぶ道の宿駅「江田駅」の敷地に建てられたと考えられ、江戸時代の1662年の大地震で大きな被害を受けて元の場所から移されました。「みそぎ発祥の地」「祝詞発祥の地」と呼ばれ、いまも神事で唱えられる祓詞(はらえことば)には「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に」と、この地の名が出てきます。日本で最初の夫婦とされる神をまつることから、良縁を願って訪れる人も多い神社です。
じつはこのみそぎの水の中では、三柱の貴い子より先に、穢れから生まれた神と、それを正す神々も生まれていました。その清めの心は、いまも「祓(はらえ)」として受け継がれています——。
物語のつづき:東霧島神社(前の章:涙が石になった神) / 小戸神社(次の章:川の瀬で生まれた神々)
物語は『古事記』の伝承と、宮崎市観光協会・宮崎県観光協会の紹介、観光庁の多言語解説文をもとに当アプリがまとめたものです。