Miyazaki Jingu
所在地: 宮崎県宮崎市神宮2丁目4-1
御祭神: 神日本磐余彦尊(神武天皇)
ご利益: 家内安全、商売繁盛、学問成就、開運招福、厄除け、交通安全
初代天皇・神武天皇(神日本磐余彦尊)を主祭神とする神社で、地元では「神武さま」と呼ばれ親しまれています。約25万平方メートル(25ヘクタール)の広大な境内は、市街地とは思えない静けさに包まれています。現在の社殿は明治40年(1907年)に狭野杉を用いて造営されたもので、端正な佇まいが特徴です。境内にある「オオシラフジ」は国の天然記念物に指定されており、4月中旬には見事な白い花を咲かせます。毎年10月に行われる御神幸祭「神武さま」は、御神賑行列が市内を練り歩く宮崎の秋を代表するお祭りです。
神武さまものがたり 第三章
「はつくにしらす、すめらみこと」
四十五歳になった皇子は、兄たちや御子らとともに、船をそろえて日向から東へ旅立ちました。宮崎神宮の例祭が毎年10月26日に行われるのは、この日を神武さまが日向の国を出発された日としているためです。
瀬戸内の国々をめぐり、途中で兄の五瀬命を戦いで失うなど、旅は苦難の連続でした。それでも日向を出て7年目の正月一日、大和の畝傍山のふもと・橿原に宮を建てて即位し、初代の天皇となったと伝わります。『日本書紀』はこの方を「始馭天下之天皇(はつくにしらすすめらみこと)」——はじめて天下を治めた天皇とたたえています。
宮崎神宮は、神武天皇の孫にあたる健磐龍命(たけいわたつのみこと・阿蘇神社の神さま)が九州の長官となったとき、祖父の徳をたたえてまつったのが始まりと伝わります。父の鵜葺草葺不合命と母の玉依姫もともにまつられ、海幸山幸ものがたりから続く家族がここに集います。いまの社殿は明治40年(1907年)に完成したもので、狭野杉で造られた清らかな社です。
旅立ちの前、神武さまが暮らした宮の跡と伝わる場所も、宮崎の町に残されています。東への決意を固めた日々の舞台をたずねてみましょう。
物語のつづき:狭野神社(前の章:東の国の知らせ) / 皇宮神社(次の章:旅立ち前の宮居)
物語は『古事記』『日本書紀』の伝承と、宮崎神宮の由緒(公式サイト)・宮崎市の紹介をもとに当アプリがまとめたものです。